2011年4月12日 (火)

震災から1カ月、昨日の夕方から余震や地震

が続いています。が、やっと桜が咲きました。cherryblossom

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シウォンも歩けるようになりました。

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品薄状態もなくなりつつあり、水も買えるように

なって、以前と同じように生活しています。

2011年3月25日 (金)

2週間

地震が起きてから、2週間経ちました。紙類や

パンは、買えるようになってきましたが乳製品

やなっとう、水は、品薄状態です。

住んでいる市は、被災した地区があるので当分

計画停電は、中止になりました。

放射能問題は、どうすることもできないので早く

原発が終息することを祈ります。

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シウォンが昨日から、後ろ足をひきずっています。

調べてみましたがわからないので、様子をみる

ことに!走れないシウォンの代わりに元気に

なったレオンがお友達と追いかけっこ!

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シウォンの足が早く良くなって走れますように!

2011年3月18日 (金)

1週間

地震が起きてから、1週間たつのが早かった様

な気がします。

住んでいる市の計画停電の予定が発表されま

したが、急に22日まで中止になりした。

停電になったら不便なことが、多いので助かりま

した。スーパーでは、トイレットペーパーやティッ

シュ、インスタントラーメン、食パン、牛乳、レト

食品など品切れ状態です。日曜日に買い

に行ったときは、ふつうにありました。が・・・

阪神大震災の時は、こんなことなかったと思い

ます。

余震や地震がまだあるので、身体がずっと揺れ

てるような感じの時があります。

レオンとシウォンは、いつもと同じ日々を過ごし

ています。

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2011年3月12日 (土)

地震

昨日の地震は、阪神大震災を経験した時より

ながく揺れたように思います。思わず食器棚を

抑えに行きました。(阪神のときは、もう食器棚

から食器が落ちた状態だったからでしょう。)

レオンは、夕方まで寝てました。シウォンは、余

震のたびにがたがた震えていました。

上の方に飾っていた人形たちが落ちてきた位

で被害もなく、水、ガス、電気も大丈夫でした。

が、今日、朝の散歩に行ってここからT沼側に

ある家の方は、水道管が壊れたみたいで、水が

出ていたり、塀が壊れていました。

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数十メートルの違いでこんなになってます。

まだ余震がつづいています。

うちのおにいちゃんは、帰宅困難者になって

会社に泊ると昨日連絡がありました。

近くの親せきもみんな無事でよかったです。

2007年7月 5日 (木)

思い出したくない思い出

ダンナです。

家内がペットのブログを書いていることは知っていましたが、あの大地震のときのことを書けと云われ戸惑っていたら、アッという間に3日ほど過ぎてしまいました。

『明日に続く』ではなくて、すみません。

あの日は、朝起きてすぐに、女房子供の安否を確かめるよりも早く熱帯魚の安否を確かめました。

水槽がフロアに落ちて割れ、ガラスが散乱し、魚が跳ねるピチャピチャという音だけが、何故か今も耳に残っています。

とりあえず、私は冷静に「水造り」をしました。

大きめのコップにカルキ抜きを入れ、「アマゾン川」の水の素を入れました。

そして、しばらくして徐に魚たちを水の中に入れました。

そしたら、あろうことか私の愛しい熱帯魚たちは瞬間的に絶命したのでした。

原因は水温でした。

うっかりしていましたが、その日も寒い日で、水も冷水と言っていいほど冷たく、当然、熱帯魚の生育にも適さない環境でした。

がっくりした私は、散乱したガラスを素手で拾い終えた後、ベランダのガラスを開け、一服すべくライターに火を点けました。

その瞬間、私はハッとしました。

マンションの前の道路からシューという音が聞こえてきたのです。

ガス管にヒビが入って、ガスが漏れているのです。

あのときばかりは本当に慌ててしまいましたが、今も生きてこれを書いているわけですから、幸いなことに爆発事故にはなりませんでした。

本当に冷や汗ものの経験でした。

いや、お恥ずかしい限りです。

しかし、「熱帯魚は絶命した」と書きましたが、2匹飼っていたコリドラスというナマズ系のヤツは、シブトク生きていました。

どうせなら、ナマズの仲間であるなら、地震の前触れでも知らせてくれればよかったのですが、一切そのような行動はありませんでした。

水槽も割れて、このコリドラス2匹だけを飼っていく気持ちもなくなったので、近くの大きな池に放してやりました。

それ以来、熱帯魚はパソコンの中でしか飼っていません。

しかし、この夏が終わって涼しくなったら、単身赴任先で、また熱帯魚を飼おうかなと、これを書きながら思い始めています。

なお、シウォンですが、去勢手術を昨日したそうです。

2007年7月 2日 (月)

地震の思い出

あの日の朝、それは何の前触れのなく、突然やってきました。

まず、ズーンという軋むような音がしまして、耳がツーンとしました。

そして、徐に身体が沈んで、次に持ち上げられました。俗に言う、『縦揺れ』です。

これを何回か繰り返し、その後は、まるでジェットコースターに乗っているような感じでした。

後から思えば決して長い時間続いたわけではありませんが、あのときは永遠に続くのではないかと思いました。

揺れている間は、「金縛り」にでもあったように、まるで身動きが出来ませんでした。

頭から布団を被って、揺れが収まるまで、ジッと身を硬くしていました。

いろいろなものが落ちて壊れました。

ローボードの上に置いてあるものも落ちました。

ガラスの割れる音がして、ハッと我に返りました。

熱帯魚を飼っている水槽が割れる音だと直感的に悟りました。

ここから、ダンナの魚命救助が始まったのでした。

以下、明日に続く。

2007年7月 1日 (日)

熱帯魚の思い出

昨日、予告しておりましたので、熱帯魚を飼っていた頃の思い出をつづらせていただきます。

10年一昔と云いますが、ちょうど13年前の夏、ダンナの転勤で広島から大阪へ引っ越しました。

そのとき、ちょっと前からダンナが飼い始めていた熱帯魚も、新幹線で一緒に移動し、大阪のホテルで一泊しました。

ダンナは荷物は持たず、幼い子供たちの面倒も見ず、熱帯魚のお世話に一生懸命でした。

やれ水温が、やれ酸素が、やれ水質が、と大騒ぎしておりました。

この夏は異常なくらい暑い日が続き、熱帯魚なんだから暑ければご機嫌だろうと思ったりしますが、やはり適温というのがあるようなのです。また、魚の種類によって、この「適温」が違うようなのです。

魚は水中に溶け込んだ酸素を吸っているので、水中ポンプで酸素を水中に送ってやるわけですが、ダンナはコンセント式のしか持っておらず、新幹線の中であわてていました。

水も、水道水にはカルキ抜きをしなければそのまま使えないとか、軟水だ硬水だとか、酸性水にしなければとか、ブツブツ云っていました。

そんなに苦労して、一緒に大阪に連れていった熱帯魚たちも、その翌年1995年1月17日に起こった、あの『阪神淡路大震災』(神戸大地震)で死んでしまいました。

その顛末は、また明日。

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